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若葉はふと目を醒ました。
こらんとした頭が次第にさえてくる。と―――起きた原因に紅潮した。
自分の背後から聞こえてくる規則正しい寝息。そしてほんの少しだけ呆れさせるが時おり紡がれる自分の名前。
自分の名前を聞かせられる度に胸がいっぱいになり心身が熱くなるのが分かった。
ふと両肩の重みが気になった。
自分の腕ではない。思いのかと聞かれれば重いと答えられるだろう、だけど心地よい重み。
自然とその先、手に手が触れる。
ごつごつとして―――大きくて優しい手。
その手にふれた先から自分に電気が迸り、体中が熱くなってきた。
―――明らかに欲情している。
そんな自分をはしたない、と戒めつつもその想いも次の瞬間背後から紡がれた言葉によって簡単に崩れ去っていく。
いまさらながら理解させられる。
どんなに自分や他人が戒めた所でこんな幸せな状況、抜けられはしないだろう。
だから―――誰もが堕落してしまうのだ。
そう、今の自分のように。
肌を重ねる。そしてその手を取り、自分の唇に近づける。
この人とこんな関係になってから、というよりただ近づけるなら旅をしている最中、何千、何万と重ね続けた行為。
そして今は―――その先も。
こうなる前までは考えも付かなかったコト、はしたないと理性が押さえつけていたことが我慢できなくなってきている。
そして―――
「んむっちゅぱっんっんっ」
舌が人差し指を這いだし次は中指、と順々に濡らしていく。
おずおずと舌が動いていく。
別にこの行為に気付かれるのを恐れているワケではない。
―――舌から感じる電気の痺れが指で触れている部分よりも強いから―――
自分の体を預け、その代わりであるかのように両肩に預けられた腕の重さがひどく心地良い。
行為に没頭していると不意に上から
「んっ」
ビクッとして動きを止める。
もう既に片方の手はふやけているというこの状況、言い訳なんてで通るけがない。
ないのに―――止められない。
再び寝息を立て出すのを確認すると舌はふたたび指をはいだしだ。
「んむっ、ちゅぱっ、んんん」
いつの間にか手を触っているのとは逆の片方の手が自分の下腹部―――下着の上を踊っていた。
昨晩眠る前にも変えたのにまた変えるハメになってしまう。
変えなければいけなくなるのに―――下着を脱がなくてはいけない手は依然としてその絹地を擦りつづけていた。
そして口を冒している指を自分の指に投影して更に快楽を得てしまおうとする。
声をあげまいと指をくわえたまま口を閉じ我慢しようとするが間もなく咥えたままのその指先からはだらしなく涎が伝いだした。
とっさに気付いてそれを舐めとろうとする―――が
「っ!
んっあんっ。はぁっ、きゃふん!」
指が深く口内を犯した挙句、その反動で下の手が最も敏感な肉豆の上を強く引っかいてしまい思わず達してしまった。
思わず指を強く吸ってしまい内出血を起こさせてしまったが目下のところ若葉にとって気になるのはそのことよりもその指の持ち主が
起きてしまわないか、ということだった。
おそるおそるゆっくりと後ろを振り返る、とそこに―――
「おはよう、若葉」
「あ、はい、おはようございます―――」
おでことおでこを軽くぶつけて朝の挨拶を―――じゃなくて!
「み―――見てましたか?」
「うん」
「ど―――どこから?」
「若葉が俺の手にほお擦りを始めたときから」
つまり――最初から。
頭が真っ白になった。
恥ずかしい。
恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥
ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい―――!
それと共に急に理性が自分を巡り渡る。
こんなはしたない娘、軽蔑されてしまうに違いない―――!
逃げ出そうとするが両肩に重ねられた腕が振りほどこうとしても振りほどけない。
それどころか逆に抱きしめられてしまった。
「離してくださいっ!
あんなあられもない姿を見られてわたくしもうお嫁にいけませんっ!」
「すでに嫁にきてる」
「そ―――それでは実家に帰らせていただきます!」
「それはカンベンしてください」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ」
声にならない声を上げて手足をばたつかせる事一〇分、さすがに頭が冷えてきたの手足をばたつかせるのを止め、その代わり再び
恥ずかしいという思いが湧いてきたのだろう耳朶まで真っ赤になっていた。
ぐず、と涙目になって困ったような怒ったような表情で拗ね出した。
いつもの事だがこんな所もかわいい、と思った。
悪い言い方をすればこうなるまで仕込んだのはこちらなのだ。にも関わらずそれを一切認識していないどころか今も理性と欲望の狭
間を行ったりきたりしている。
それがさらに男心を刺激する。
「若葉―――・・・」
「はい・・・」
若葉は顔を赤らめてうつむいて返事した。
まともにこちらを見ることができないらしく、ただぎゅ、とこちらの腕を握ってきた。
代わりと言ってはなんだが口調はなんだか嬉しそうな感じが伝わってきた。
そして本格的に朝の行為に及ぼうとしたその瞬間―――ドアが叩かれた。
エターナルメロディSS
/こはるびより わかばびより
/
「ふぁかりゃあ、わふはっはっっへいっへるへひょ」
「口に物を入れた状態で喋るな。ぎょうぎ悪いぞ」
「ふん、朝っパナからあどけない少女をかどわかそうとしていたヤツの言えるセリフじゃないわね」
そう言ってリラは半熟タマゴの焼サンドを飲み込みながら言い切った。
「あんなモン数ある愛情表現のうちの一つだ。
くそう、オマエが来なきゃあんなコトやこんなコトが―――」
「本気で悔しそうに言うなっ!
若葉も!アンタ最近堕落しすぎよ?カレンが心配してたわ」
そう言って矛先を若葉に変える―――が
ぽ――――――
「わ―――若葉?」
ぽ―――
「わかば、わかばっ!」
「―――え?は、はい。
おはようございますリラさん」
「あ―――なんつーかココに来るたびこっちが恥ずかしくなるわ」
「そんな、朝から恥じらいながらあられもない事をイタしたのは私なんですから―――」
「だからそれを聞かされるからこっぱずかしいってのよ!」
「じゃあ来るな来るな。
そうすれば若葉と俺は一日中らぶらぶでいられるんだ」
「うっさい、色情狂。
私だってあの子らのご飯さえなければ―――」
そう言ってリラは目でいつものヤツをくれ、と催促を促してくる。
それには気付かず今の言葉で反応したのだろう、若葉がキッチンの方へ行きしばらくすると大きな袋を持って戻ってきた。
「どうぞ、リラさん」
「ん、ありがと」
そう言ってリラは少し恥ずかしそうにお礼を言いながら若葉から袋を受け取った。
袋の中身、それは言わずと知れた幸せ屋二号店でできたパンの耳だ。
オレと若葉はここ―――マリエーナ王国のパーリアに戻ってパン屋を営んでいた。
―――幸い店は繁盛している。
一方、リラは近所で有名な猫屋敷にやってくる猫たち―――正確には猫のみではなく、様々な捨てられた動物たち―――のためのエ
サを仲間たちの間を走り回って集めていた。
いつも俺にはケンカ腰で若葉にはイライラしているリラもこの時ばかりは素直にお礼を言ってくる。
ちなみにその猫屋敷にはウェンディが住んでいる。
リラは基本的に根無し草なので誰かの家に泊り歩いている。
一番多いのは猫屋敷のウェンディの部屋でその次がカレンの道場らしい。ウチには一度泊まりに来ただけでそれ以降来ていない。
泊まりに来ていない代わりに泊まった先で朝飯にありつけなかったときには必ずといっていい程ウチに来ている、
「ホント―――助かるわ。
ティナたちの所にタカリにいけないからね」
「まぁ、あそこはエンゲル係数高そうだしなぁ・・・」
ティナ、キャラット、そして―――アルザは各々実家に帰らずに近所の貸家をシェアハウジングする事によって暮らしていた。
「ココの隣は何してんだか知んないけどもう2ヶ月くらい人の気配がないし」
隣の現・ほぼ空家は楊雲とメイヤーの二人が住んでいる。
いや、いる。という表現はおかしいかもしれない。
二人とも部屋にいるのは月一日いればいい方で大概は外に出ている。
そして隣の俺達に自分の安否を知らせたかと思うとまたふらっとどこかへ出て行ってしまうという生活を送っている。
レミットとアイリスさんは言わずもなが視線の先―――王城にいるに違いない。
カイルは―――わからない。
時々、いや頻繁にやってくるリリトの話を聞く限り生きてはいるらしいがそれ以上のことは分からなかった。
まぁ、魔王復活に向けてまい進しているんだろう。
そして相棒のフィリーは一箇所にとどまる事のできない性格なのか今はロクサーヌと一緒に旅をしている。
そんなこんなで昔の仲間やライバル達に思いをはせているとリラが思い出したように口を開いた。
「あ、そう言えば忘れてないでしょうね。
アレ、今日よ?」
「アレ?
忘れてないって――」
「何かありましたっけ?」
「あー・・・やっぱり。
確認しといてよかったわ」
そう言ってリラは薄い胸元から繊細な刺繍の入った封筒を取り出した。
その刺繍には見覚えがあった。マリエーナ王国の王室の紋章だ。
何より―――年に6回以上は送られてくる、見間違えようがない。
それにピンときて―――
「あぁ、もうそんなじきだったか。
うん、しっかり―――」
「忘れてました」
オボエテイタヨ、そうスッとぼけようとしたがそれは正直者に阻まれた。
むぅ、と唸って静かにリラを見るとため息をついていた。
怒るものだと思っていたけれどそんなモノは通り越してただ呆れたといわんばかりに深いため息をついていた。
「あ―――・・・
どーてもいーから今日は来なさいよ?
あの娘、結構気にしてたんだから」
「んー、わかった」
サラダを食みながら答える。
「とりあえず隣の二人も帰ってくるみたい、だからいつもここにいるアンタ等も来なさい」
まるで妹の事を心配するかのようにリラは言った。もしかすると前回のレミットは捨てられた子犬のような顔をしていたのかもしれな
い。
ともあれことの起こりは何てことない。
イルム・ザーンでの冒険以降、それまでは誰かの祝い事があればみんな集まっていたのだけれど定期的に、ということはなかった。
そこでレミットが思いつきで2、3ヶ月にいっぺん昔の仲間たちを集めて小さなパーティーを開く事にしたのだ。
ちなみにレミット本人は毎月にでもやりたかったらしいがその準備を一手に引き受ける万能侍従長が多忙なのと公費の削減を主張し
た為、このようなペースになった。
実際、俺たちも毎月のようにパーティーにですほどの余裕と時間はない。
いや、実際にはあるのかも知れないが俺と若葉は毎日人々が口にするものの製造を生業にしている。
それを第3王女御用達の看板をもらっているとはいえそれに甘えるつもりはさらさらないし、何より毎日食べてくれる人が一人でもいる
ならばパンを作り続けようというのが二人で決めた事だった。
あの冒険から数ヶ月たった今、俺のパン製造の腕はかなりのもの、いや、この世界で屈指の上になったといっても過言ではないだろ
う。
実際、パンは店先に並んだそばからなくなっていくほどに評判はよかったし、そのおかげで昼過ぎには店が閉めなければならないほど
だった。
少し前までは可もなく不可もないパンを量産していたがある日、珍しく完売、というよりアルザに店内のパンを食い尽くされたときに俺
の脳裏に一筋の稲妻が走った。
パンがなくなれば売る物がなくなる→売る物がなくなった店は閉店する→その分、若葉とイチャつける。
この真理に辿り着いた時、俺のパンの腕はジャ○おじさんを―――超えた。
言うなれば練成陣なしに錬金魔法を使えるようなものだ。次の瞬間から俺は一人のパン屋からパン職人になった。
結果。パンを焼成している間、店を開ける前、そして閉店した後―――若葉を求めることになった。
さっきも焼成に入って本来なら朝食を食べる所が昨晩イロイロとアレなことをしたためうたた寝をしてしまい―――またあぁなった。
まぁ、よくあることなので気にしない。
ちなみに言うまでもなくあの件以降、アルザは出禁になった。当たり前だが。
と思ったらこの前ちょっと目を離した隙にオーブンから出てきたばかりのパンを根こそぎ食らい尽くしていきやがった。うぬぅ。
おかげであの日は店の開店が3時間遅れた。
―――話がそれた。
店は繁盛している。
繁盛しているが―――あまり儲かってはいない。
言わずもがな俺の隣でクロワッサンにバターを塗っている少女―――というには色気がつきすぎたとはカレンの弁―――のせいだ。
腹をすかせて困っている人や子供達に配ってしまう為、薄利はほとんどないといってもいいのかもしれない。
当初、若葉のこういうところはどうにかならないものかと思っていたが今では自分で納得している。
別に金が欲しいならレミットに頼み込んで騎士団にでも入れてもらえばいいトコまで上り詰められただろうし、若葉の実家にでも行けば
よかったのだ。ならなんでこんなコトをしているのか。何がイヤなのか。
簡単だった。穴ができるほど自分を見つめ直せば簡単な事だった。
イヤだっただけ。
若葉の優しさが自分以外の誰かに向けられるのがイヤだっただけだった。
独占欲と嫉妬。まるで子供のような、だけどシンプルな分厄介な理由。
そして―――自己嫌悪。いつの間にか自分がイヤになった。だから、納得した。
だから―――若葉と二人の時間、より若葉を求める事にした。
だからいろいろ[仕込んだ]。
歪んできた。とは思う。
だけど止まらないし止めるつもりも、ない。
本音で言ってしまえば答えはいつだってシンプルなのだ。
若葉がいれば他のなにもいらない。
だから―――いつだって一緒にいたい、独占したい。
今の所、誰にも迷惑はかけていないのだし―――とか思っていたらそうだった。すっかり忘れていた。
俺をここまで引っ張ってくれたみんなには感謝している。
それも紛れもない本心。
みんなのおかげでいろいろ成長してそして―――この世界にいられる事になったのだから。
だからできるだけみんなとの絆は大事にしたい。若葉最優先なのは言うまでもないのだけれど。
「今日は必ず行く。ちゃんとみんなに謝るよ」
「遅刻もしないコト、いいわね?」
「上等」
「よし、それじゃごちそうさま」
「ん、あ、いつの間に」
「アンタが考え事している間に、よ。
ついでにアンタのハムサンドもご馳走さま〜」
「いつの間に―――っ!」
叫んで戸を見るとそこにはもうリラの姿はなかった。
ぬぅ、今度着たときにあんの代わりにわさびを詰めたパンを馳走してくれよう。とりあえず今は何か代わりのメシを―――
「あ、あのもし宜しかったら・・・っ」
見ると隣に座っていた少女が少し顔を赤らめて小さい歯形のついた食べかけのサンドイッチをこちらに差し出してきていた。
「って食べかけじゃ失礼ですよね、ごめんなさ―――」
世の中にはそれがいい、というヒトもいます。
そして自分もそんなゴミ屑の様な人間です。
とまぁそんな言葉が脳内で流れたが無視してとりあえず手を引っ込めようとして戻っていくタマゴサンドにかじりつき―――少し咀嚼し
て若葉に口づけて流し込んだ。
「ん――――っ!」
最初は動転していた若葉も少ししたら要領をえたらしく、互いに口付けしたまま咀嚼しあい―――口の中に何もなくなったら今度は目
で合図して若葉が小さな口にミルクを含んで―――口づけてきた。
そして残ったごはんを二人で半分こした後―――いつも通り何事もなかったかのように口を開いた。
「さ、店を―――あけようか」
「・・・はいっ」
/
「ありがとうございました」
「ありがとうございました〜」
最後の客が店先のドアのカウベルをならし出て行くと店の中は静寂に包まれた
二つある太陽は南中に届いていないものの店先にもうパンはない。完売御礼という所だ。
「――――――」
若葉がカウベルのなり終わったドアの所までいきオープンと刻まれたプレートを引っくり返しクローズにし―――鍵をかけた。
―――ちょっと待て。
「若葉、まだ掃除が―――」
そういったものの反応はなく、若葉は振り返り少し顔を赤らめてこちらを見ている。
そして―――
「・・・・・・・・・っ!」
袴のすそを持ち上げ―――めくってみせた。
「わ、若葉・・・?」
「・・・・・・・・・っ」
平日の昼間、しかも閉店した手の店の中。
案の定若葉は耳まで真っ赤にしてうつむいていた。
目が合うと恥ずかしそうにそらした。
「・・・・・・・・・」
どうしたんだなんて野暮なことは聞かない。
大事なのはただ一つ。それは―――
若葉が誘っているということ、だ。
据え膳くわぬはなんとやら、とそのまま抱き寄せた―――
/
昼過ぎ、いつもの場所で寝る事にしたらいつの間にか朝とは逆―――若葉を抱いているのではなく、膝枕の上にいた。
いつも朝日が射しこんでくるその窓にはただただ温かい光が満ちていた。
余計な音など何一つない、それゆえに永遠に二人だけしかいないと錯覚してしまうような、そんな世界。
「秋―――ですね」
「あぁ、そうだな」
「こんな小春日和なんだからこんどどこかにいくか―――?」
こはるびより、それは春の穏やかな日ではなくこの季節のこんな日のことを言うのだとつい先日、近所の老婆に聞いたのを思い出し
た。
若葉のひざの上で空を見上げるとそこには流れる雲と―――哀しそうな憂い顔があった。
「―――どうした?」
「・・・・・・・・・こうかい、していませんか?」
この世界にのこって―――
珍しく、そして滅多に聞かない沈んだ声。
「―――・・・」
俺は目を丸くして、そして若葉は哀しそうに、しばらく見詰め合った。
あぁ、そうか。
俺はふと理解する。
俺が彼女の優しさを我慢できないように きっと若葉は何を言った所で納得できないだろう、と。
後悔していないはずはない。
ロクな挨拶と準備もなしにこっちに来てしまったのだ。そりゃ残念なコトだって、ある。
だけどそんなことは些細なこと。
どんな事にも後悔はつきものだし、在ったハズのもう一方の選択肢に未練を残すのは人の習性だ。
「正直ないといえば嘘になるかもしれない。
でも―――わかったんだ」
秋―――君と出会って恋に冒険した。
そして―――俺は今、ここにいる。
分かったのはとてもシンプルな答え。
キミと―――
「若葉と一緒ならどこにいたって構わない」
それが―――答え。
どこに、いるか。じゃない。
だれと、いるか、それが何よりも大事なんだ。
「そう、なんですか?」
「あぁ、若葉はどうだ?
もしあの時、俺が自分の世界に帰ったていたら―――どうしてた?」
「考えたくありません」
即答。
「だけどもし、もしも―――一人だけ帰ってしまわれてもきっと追いかけます。
そして掴まえたらもう二度と―――放しません」
頭をなでる手に力がこめられるのを感じた。
ほんの少しだけ背筋が寒くなるのを感じたがおくびも出さずに視線をそらさずに互いに見つめ続けた。
「そうか―――」
「はいっ」
笑顔で答える若葉。
笑顔だ。笑顔なのにそれとは裏腹に涙がぽろぽろとぽろぽろと流れ出す。
「だから―――だから、そんな哀しい事を言わないで下さい」
顔にぽたぽた、ぽたぽたと降り注ぐ―――なみだ。
「・・・わるかった」
ぎゅうっ
声にならない嗚咽の代わりに答えはつよく熱い抱擁でかえされた。
俺はなんとか自由になる片手で若葉の頬を撫で涙を拭ってやる事しかできなかった。
/
涙はやみ、なんとか紅い目をした若葉は落ち着いたのか抱擁を解いた。
俺は柔らかいふとももから顔を持ち上げるとその勢いで立ち上がった。
「さて―――と。
いくか。
そろそろ準備しないと間に合わなくなる」
「はいっ」
きっとみんな変わっていないようで少しずつ変わっているだろう。
永遠に変わる事のない旋律とは違って俺たちは変わる。変わってしまう。
だけど、今のこの思いだけはきっと抱き続けられると思う。
だから―――
「若葉」
「はい?」
「いま、幸せか?」
「―――貴方はどうですか?」
「む、それなら二人同時、同時に答えよう」
「いいですよ」
「せーのっ」
答えは店先の看板に刻まれそのまま風に吹かれて空へ還る―――蒼く蒼くどこまでも透き通ったあの空へ―――
2005/10/12 第一稿
10/27 改稿
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